Time Passenger     〜時空を超えた愛〜










灰色の空の下、冷たい雨が降りしきる墓標の中に、
一人の少年がいた。



大切な養父の死に、流しても流し足りない涙の跡を
幾重にもその頬に刻み込んでいる。
大して大きくもない町外れの墓地に佇む少年は、
幼き日のアレン・ウォーカーだった。



「あれ?僕は一体どうしちゃったんだろう?」



自分の小さな手を見つめながら、涙に暮れる。



 ――――あ……そっか、これは……あの日の僕だ……。



アレンは、自分がこの先どうなるかを知っていた。
間もなく、涙に濡れる自分の耳元で、大きく太った男性がこう囁く。



「そんなに哀しいなら……呼んでごらんなさい。
 その人の名を。マナ・ウォーカーを蘇らせてあげましょうカ?」



と……。



以前の自分はその悪魔の誘いを甘んじて受け入れ、
大好きな養父を、マナをAKUMAにしてしまった。
今、自分の過去を一つだけ変えられると言われ、
その過ちを正すためにここにやってきたのだ。


そして、その時は訪れる。


黒い大きなシルクハットを被った男は、
マナの墓標のすぐ後ろに立っていた。
 

獣のような奇妙な尖った耳は、おおよそその人間とは思えない。
顔の表情もよく読み取れない大きな口は、
人間の子供一人ぐらい丸々と飲み込んでしまいそうなほど妖しく歪んでいた。



「おやボク、こんな寒空のしたで何を泣いているんだい?
 ふうんそうか、ここが君の父親のお墓だね?
 そんなに泣くほど哀しいかい?
 そんなに哀しいなら呼んでごらんなさい。
 その人の名を。マナ・ウォーカーを蘇らせてあげましょうカ?」



この妖しい男の名は千年伯爵。
教団の……そして自分の宿敵だ。



「おじさん、どうしてそんなことが出来るの?
 ひょっとして魔法使い?」
「そうだよ?魔法使いよりも凄い魔法を知ってるんだ。
 だから君に見せてあげるヨ?」



そう優しく誘惑された瞬間、アレンの口元が奇妙に歪む。



「ふうん、そうやって何も知らない人を地獄に突き落とすんだ……。
 前言撤回!
 お前はっ!……薄汚い悪魔の手先だっ!」
「……へっ?」



アレンは左手の手袋を徐に外すと、中にある禍々しい赤い手を取り出した。
そこには黒い十字架が埋め込まれている。



「イノセンス発動っっ!!」



奇妙な音を立てて、アレンの左腕が大きくその形状を変える。
自分の身体の軽く倍近い大きさになったソレは、
異様な殺気を回りに撒き散らした。



「うわぁぁぁ〜、ソレはなんだぁっ?」
「……僕は君の敵だよ」
「うっわぁ〜それは詐欺でしょ? 
 もう〜、今日はあいにく戦う準備はしてきてないんだからっ!
 本当ならその小生意気な口をひとひねりにしたいトコですけど、
 今日の所は勘弁してあげましょう……」



そう言うと、目の前にいた伯爵はアッという間に姿を消してしまう。


どうやら彼は、AKUMAになる材料を探しに来ているときは、
無駄な戦闘はしない主義らしい。
……というより、自分自身はつまらない戦いはせず、
全てAKUMAや手下に戦わせるというのが正しいかもしれない。
まだ小さいアレンは、案の定取るに足らない存在だと思われたらしい。


だが、とりあえずこれでマナをAKUMAにせずに済んだのだ。
そう思うと、長い間張り詰めていた何かがアレンの中で弾けた気がした。


あとは、まるで映像の早送り画面のような人生がアレンの目の前を通り過ぎていく。
 

クロス師匠との出会い。
エクソシストになるための鍛錬や苦悩の数々。
エクソシスト総本部への旅。
 

もともと病気がちだったマナの死を逃れることはできなかったが、
その呪いを受けずに済んだアレンの心は、えらく救われた。
髪が心労で白く変わることもなく、
その瞳に呪いのペンタクルを標されることもなかった。


そしてアレンは綺麗な姿のまま、
成長と共にその容姿を利用する術を覚えたのだった。


無論AKUMAに内蔵された魂を見ることもないため、
以前のような純粋で人懐こい笑顔を見せる事もなくなり、
ある程度人間をAKUMAとして疑ってかかる事も覚えた。


彼が彼である由縁。


今思えば、それは彼と養父との絶望的な繋がりを前提としていたのかもしれない。
……そしてこに、もうひとりのアレン・ウォーカーの過去が形成されていった。













「……そうだ。
 僕はミランダにイノセンスを使わせて、過去を変えちゃったんだ……」












ようやく全て思い出したアレンは、胸ポケットに手をやる。
そして、いつもそこに大事にしまい込んでいた銀の時計を手に取り出した。



「この銀時計……マナの形見だとばかり思っていたけど、
 そうじゃなかったんだね」



あの日、教団本部でミランダに手渡された銀時計。
自分が変えてしまった人生が耐えられないものだったとき、
この銀時計を使えと渡してくれた品物。
 

全て思い出してしまった。
 

自分はあの教団の中でエクソシストとして任務についていて、
そして神田ユウと恋人同士だったということも。


神田を見ているうちに妙な気分になったのは、
本当に自分が神田を知っているからに他ならなかった。
忙しい任務ですれ違いも多かったが、自分は確かに彼と愛し合っていて、
幾度となく熱い想いを通わせあったことも、隠しようのない事実だった。



「……神田……」



今すぐにでも駆け寄って、あの腕に抱かれたい。
思わずそんな衝動に駆られる。


だが、自分が望んで運命を変えてしまった今、
神田にとって自分はあくまでも最近あったばかりのエクソシスト。
決して恋人などではないのだ。


おまけに鏡の中の自分は、それこそ自分が望んでいた通りではないか。
綺麗な髪も、傷一つない顔も、全て自分が望んでいた結果だ。
 


……じゃあ、神田とのことは……?



自ら望んで運命を変えてしまった以上、そんなに上手く事が運ぶわけもない。
彼とはあくまでも、これから新たに恋人としての関係を築いていくしかないのか。
 

アレンは掌を握り締め、ぎゅっと力を込めた。
何故だかわからないが武者震いがする。
どうしたら、神田をもう一度自分に振り向かせる事が出来るか。
あの気難しい相手に好いてもらうのが、
それこそ一筋縄ではいかないのは、アレンも良くわかっていた。



「こりゃあ、自分の人生を変えるより大変かも……」



アレンは大きな溜息をつき、がっくりと項垂れた。


ようやく頭の中の整理が付いた時点で、
重い足を動かせて神田たちのいる車両へと赴く。
するとさっきとは違い、やや取り巻く空気が軽くなった神田がいた。



「あ、すみません。ようやく頭が冷えました」
「随分ゆっくりだな」



顔色の悪いアレンを見て神田は表情を変えたが、すぐにまた話を続ける。



「それより、お前に一つ言っておくことがある」
「え?僕に?」



一体何事だろうとアレンが不思議そうにすると、
神田は表情をやや緩めて続けた。



「まぁ、大したことじゃねぇんだが、次の駅でもうひとり別の奴と合流する」
「あれ? もう一人ですか? 確か今回の任務は二人だったはずじゃあ……」
「ああ、まぁそいつは任務とは直接関係ねぇ。
 たまたま近くに出かけてたらしいが、そっちが済んだから合流するだけだ」



あの人嫌いの神田が他のメンバーと合流する。
そう聞いただけで不思議と胸の中がざわめきたつ。



「へぇ、珍しいですね? 確か任務の終わったメンバーは、
 普通本部へすぐ帰るはずですが……」



アレンの言葉には棘があった。
それに見事に反応し、神田は眉間の皺を深めてアレンを睨み付けた。



「うるせぇんだよ!俺がいいっつったら良いんだ!」
「そっ、そうですか……」
「それに、そいつは何ていうか、ちょっとお前に雰囲気が似てるしな。
 俺と違って話も合うだろ」
「え?僕にですか?」
「ああ、会えばわかる」



深く語ろうとしない神田に、必要以上に猜疑心を抱いてしまう。
神田が自ら一緒にいることを許す相手。
それは一体どんな相手なのだろうか。
もしかしたら、神田は既にその相手に好意を抱いているのかもしれない。
 

疑心暗鬼のまま、
アレンは次の駅で合流するという教団メンバーの想像を巡らせていた。
 

すると、ガシャンという大きな音を立てて列車が駅に停車する。
心なしか神田の表情が和らいでいるのを感じる。
それは以前、彼と恋人同士の関係だったとき、
彼が唯一自分にだけ見せた安らいだ表情だった。



――― カンダ?



アレンがその不安を確信にしようとしていた時、
車両のドアを開けて元気な一人の少年が飛び込んできた。



「神田! 久し振りっ。元気でしたか?」



少年は人懐こい笑みを浮かべ、神田めがけて突進してきた。
その笑みに応えるべく、神田もゆるりとそちらを向く。



「おう、元気そうじゃねぇか」



顔こそはいつもと変わらず無愛想だが、明らかに彼が放つ気は別のものだった。


……柔らかい、恋人にだけ見せる顔。



「あの……神田……」



アレンが恐る恐る二人に声をかけると、
今まで神田のほうを向いていた少年が向きを変えてこちらを見た。



「あ……ひょっとして、新しいお仲間ですね? 
 僕、ロストって言います。ロスト・パステージ。
 こう見えても、君と同じエクソシストなんですよ? よろしくお願いします」



にこりと笑いながら手を差し出す。
その少年の顔を見るなり、
アレンは驚きの余り声を失ってその場に凍りついた。
 

少年の髪はまるで老人の如く真っ白で、
その右目には紅いペンタクルがくっきりと刻み込まれていたのだ。
右手には白い大きな手袋をしている。
左右対称な点を除けば、
まるで人生を修正する前のアレンそのものだった。




そう、そこに居たのは、まるで鏡の中の……自分……。




口を大きく開いたまま小刻みに震えるアレンに、
何を思ったか、神田が大声で怒鳴りつけた。



「お前なぁ、仲間が挨拶してんだろ? 挨拶もろくに出来ねぇのか?」



それは神田が人に言えた義理ではないのだが。



「えっ?そ、そんなことはないですよ! ぼ、僕は…その……」



アレンは生唾をごくりと飲み込み、落ち着くんだと何度も自分に言い聞かせた。
そして引きつった笑顔のままで挨拶を交わす。



「僕はアレン。アレン・ウォーカーです。
 よろしくお願いしますね……ロストさん」
「こちらこそヨロシク、アレン! 
 あ、それと神田が言ったこと、気にしないでくださいね?
 初めて僕が彼に会った時だって、握手なんて出来るかって、
 そりゃもう冷たくあしらわれたんですから……」
「うるせぇぞ。ゴタゴタ言ってねぇで静かにしろ」



神田は自分の隣の席をその少年に譲り、
まるで少年がそこにいるのが当たり前であるかのように振舞った。



「それでね神田、今回の任務なんですけどね……」



人懐こい笑顔で神田に話しかける少年を見ながら、
アレンは背中にじりじりと冷や汗が流れるのを感じていた。
 


悪夢だ。



これこそ悪夢に違いない。
自分がもう一人ここにいる。
今では見た目さえ違うが、ロストというこの少年は明らかにもう一人の自分なのだ。
 

そして神田の隣を自分の居場所のようにして座っているではないか。
あそこは、その席は、本当ならば自分のものだったはずなのに。
 


――― 神田、そんな目で彼を見ないでよ。
    僕はここだよ? キミの本当の恋人は僕なんだ。



切なくて思わず涙が零れそうになる。
悔しさに唇を噛み締めていると、
目の前の少年が、心配そうにアレンを覗き込んできた。



「あの……大丈夫ですか? 何だかすごく気分悪そうなんですけど」
「え? ああ……大丈夫です。心配してくれて有難う」
「いいえ、ならいいんですけど」



自分の偽者に気遣われている。
いや、彼が偽者なのではない。
この世界ではおそらく自分が偽者なのだ。 
 

雰囲気から察するに、この二人が以前の自分たちのように、
何らかの関係を築いていることは明らかだ。
これがミランダの言っていた、
過去を修正する事で起こった問題なのだろうか。
 

アレンは自分の心臓が苦しいほどに大きく脈打っているのがわかった。
あまりの鼓動の速さに、どうにかなってしまいそうだ。
そんなアレンの顔を覗き込んで、少年は不思議そうに呟く。



「それにしても、本当に良く似てる」
「え? 何が?」



いきなり目の前の少年にまじまじと見つめられ、正気に戻る。



「何って、僕とアレンですよ。
 まあ僕みたいな奴に言われたら気分が悪いかもしれないけど、
 僕たちかなり似ていると思いませんか?」



悪意なくそう言い放たれると、アレンも返す言葉がない。



「似てるっていうより……まんまでしょ?」



哀しそうな笑顔のまま、ぽつりそう呟くと、
不服そうに神田が口を挟んできた。



「お前なぁ、そりゃ確かにお前は綺麗な面してるかもしれねぇがな、
 俺に言わせりゃ、鼻持ちならねぇその面より、
 こいつの傷だらけの面の方がよっぽどマシだ」
「かっ、神田! よしてよ!」



顔を赤らめた少年が神田の腕を掴んで諌めようとする。
まるで以前の神田と自分の姿を見ているようだった。



「あ……はは……」



アレンの口から渇いた笑いが響く。
気分の悪さに吐き気がした。
 

大好きな神田を他の誰かに取られる事など、
今まで考えた事もなかった。
愛し方が不器用で、自分以外の人間には容赦ない性格で。
それが嬉しい反面、辛い時もあって、
今回の事だって神田を苦しめたくない一心で決めたことだったはずなのに。



―――― 僕の顔が鼻持ちならない? 
     傷だらけの彼の顔の方が好き? なに? それ……?



みるみるうちに顔から血の気が引いてくるのが判る。



「ご、ごめんなさい。ちょっと乗り物酔いしちゃったみたいです。
 気分が悪いんで失礼します」



その場にいるのがいたたまれなかった。
仲の良い二人の様子を見るに付け、その相手を恨まずにはいられない。
アレンはそそくさとその場を立ち去り、人気のないボックス席を一つ確保すると、
そこに身体を投げ出し倒れこんだ。



「マナ……僕は……どうしたらいいの?」

 





アレンの頬を、無意識のうちに涙が伝え落ちていた……。





















《あとがき》


さてさて、この作品を初めてご覧になった方は、どんな感想を抱きましたか?
切ない二人の関係は、このあとどうなっていくのか?!


実は、この作品を読んだ方の感想では、
「なんか、キツネにつままれたような、不思議な感じ」
……だそうです(;´∀`)


これからもまだまだ切ない二人の恋と
不思議な運命のいたずらは続いてまいります〜〜w

つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ






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